仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

「浮き世 (うきよ)」

私たちの人生には、とかく苦悩が多い。心の持ち方で何とか乗り超えてはいますが、住みにくい世の中であることは、いつの時代の人々も感じていたようです。それを称して古人は「憂き世」といったのですが、そうした受け止め方を、仏教では「厭離穢土」(おんりえど)と表現し、苦しみの多い現世を脱却しようという意味です。
それが必然的に「欣求浄土」(こんぐじょうど)となり、極楽浄土をこの世に実現しようと願い、努力するということになるわけです。
また、中国には、常に転変流動しつづけ、安定しない世の中ということで「浮世」(ふせい)という言葉があり、それが日本に伝わって「浮き世」と読まれるようになったとも言います。同じ読み方ではあっても「憂き世」とは、多少ニュアンスが違いますが「定めなき世」という解釈は双方にあり、共通点があるように思います。
一般的には「浮き世」というと、何となくうきうきしたというイメージがあり、歌や踊りに浮かれて過ごす世の中というように感覚的に受け取られているところがあるようです。しかし、宇宙も含めてこの世はすべて変化し続けていて、瞬時もとどまることのない世の中であるというのが「浮き世」の本来の意味なのです。

「ことばの旅」静岡県成道寺住職伊久美清智師、著より


 
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