仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

「悪魔」(あくま)

単に「魔」ともいい、修行のさまたげになるもの、あるいは死にいたらしめるものを意味するサンスクリット語の「マーラ(魔羅)」を語源としています。伝説によると、お釈迦さまが修行をしているとき、悪魔の王パービーヤスが自分の三人の娘を使ってさかんに誘惑したことがあります。その娘の名は、アラティ、ラガー、タンハーといい、「アラティ」は「嫌悪」を、「ラガー」は「むさぼり」、「タンハー」は「渇愛」を意味します。つまりこの三人は、いずれも人間の本能ともいうべき根本的な迷いをあらわしているのです。
もちろん、お釈迦さまは、この悪魔一族の誘惑を軽くしりぞけています。一般に「悪魔」というと、私たちの外側にいて私たちの生活を脅かすものが思い浮かぶのですが、仏教でいう悪魔とは、人の心と体に深くしみついて、苦しみの世界にしばりつけるものをいいます。

「ことばの旅」静岡県成道寺住職伊久美清智師、著より


 
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