仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

「会釈」(えしゃく)

軽く頭を下げ挨拶することを、普通「会釈」といいますが、その語源は「会得解釈」で、始めと終わりの字をとって「会釈」となりました。体で理解することです。
会得とは、物事の条理を理解し納得することで、解釈も同じような意味ですが、『会得』も『解釈』も頭でわかっただけでは本物ではありません。たとえば、「水泳上達法」というような本を何百回読んだとしても、それだけでは泳げないでしょう。それよりも、実際に水の中で練習を繰り返し、体で覚えなくては、水泳は身につきません。
頭で理解するよりも、実地において、体で覚えることが肝心なのです。体で覚え、身につけることを「会得」あるいは「体得」などといいます。
他人と出会った時には挨拶するということは分かっていても、それをしないのでは「知って行わざるは、知らざるに同じ」ということになってしまいます。
特に幼児期においては、日常の基本的生活習慣など頭での理解よりも、ひとつひとつ体で覚えていくことが大事だといえます。

「ことばの旅」静岡県成道寺住職伊久美清智師、著より


 
成城山耕雲寺成城山耕雲寺
成城山耕雲寺
東京都世田谷区砧7-12-22 電話 03-3416-1735 FAX 03-3416-0392
Copyright© 2006-2008 seijozan kouunji All rights reserved.