仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

有象無象(うぞうむぞう)

種々雑多な物や、ろくでもない人達などを形容するのに、「うぞうむぞう」と言います。「有相無相」と書くのが本来なのですが「有象無象」が一般的になりました。象と相(姿)は同じ意味をもっています。「現象」という言葉の「象」にあたりますが、現象が目に見えるように有るか無いかということから、この字が使われるようになりました。
「有相」とは姿や形のあるもの、目に見える現象のことで、「無相」は目に見えない、姿や形のないもののこと。形のあるものならば誰でも直接目で見ることができますが、形のないもの、例えば心や気持などは目で確認するこ とはできません。「有形無形のもの」といえばこの世の中のすべてことごとく、何もかもといった意味になります。「有象無象」が、とるに足らない雑多なものを意味するようになったのは、一切すべてのものの中には、よいものもあるがくだらないものも混じっていて、その点だけが強調されるようになったものでしょう。「有無を言わせない」は、強引に押し通すことで、「有無を論ぜず」は、有る無しにこだわらないこと、「有耶無耶」(うやむや)はあいまいにごまかすことを言います。

「ことばの旅」静岡県成道寺住職伊久美清智師、著より


 
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