仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

機嫌(きげん)

 「どうも機嫌が悪いらしい」とか「今日はご機嫌だね」というように使われ、気分や表情の良し悪しをいう言葉に『機嫌』があります。もともとは『譏嫌』と書き、他人を非難し、嫌うという 意味でした。行為そのものは悪くなくても、他人から非難されたり、指摘を受けたりすることは、よくあることです。
中国のことわざにも「瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず、李下(りか)に冠(かんむり)を正(ただ)さず」というのがあるように、瓜の畑でクツのひもを結び直していると、瓜泥棒だと間違われることになるし、スモモ畑で両手を上げて冠のかぶり方を直していると、スモモ泥棒と間違われることになる。つまり、他人に 疑われるようなことはしない方がいいということです。
世の中には、人々のために苦労をしてやっていることでも逆に受けとられ、「売名行為だ」とか「自己満足のためにやっている」「表彰されたいからだろう」などと予期に反して痛くもない腹をさぐられるようなことがよくあるものです。そうしたことから、 自分自身は、たとえ正しいことをしていても、譏嫌(非難)されないためには、行ないを慎み、他人の機(心の動き)をうかがい察することから『機嫌』と書き直されたものだといわれております。
さらに、相手の様子や安否のことにまで意味が拡大されて、「ご 機嫌うかがい」という言葉も生まれたのです。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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