仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

玄関(げんかん)

 昔は、よほどの家でないかぎり玄関を作らなかったもので、それだけに人々から珍しがられたり、うらやましがられたもののようです。今は時代が大きく変わり、一戸建ての家なら玄関を造るようになりました。さてこの玄関、本来は「玄妙な道に入る関門」 のことで、これを略して「玄関」というようになりました。  玄妙とは、幽玄(奥深い)で微妙なことを意味し、玄関とは、奥行きの深い仏道の入り口のことをいいます。それが転じて、お寺の伽藍に入る門のことを指すようになりましたが、この玄関への参入を許されるのは、真剣な決意をもって仏道修行を志すものに限られ、いいかげんな気持ちでの参入は許されませんでした。  玄関とは本来、そのように由緒もあり厳格な関門でありましたが、今では単なる建物への入り口のことをいうにすぎなくなってしまいました。しかし玄関はその家の「顔」に相当する大事な入口であることに変わりはありません。 「玄関とトイレの履物の脱ぎ方を見れば、その家族の人柄が分かる」といわれますが、まさにそのとおりで、いかに立派な玄関を造っても履物が乱雑であったり、下駄箱の上の花が枯れていたりでは、その家に住む人の人柄がしのばれます。  常に行き届いた整美を心がけたいものです。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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