仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

第60 慈悲(じひ)

 映画やテレビの時代劇などに「お慈悲を」とか「無慈悲な」または「慈悲は受けぬ」などというせりふがよく使われます。
「おなさけ」「あわれみ」「おめぐみ」の意味に用いられ、「安っぽいあわれみの情」という響きをもっています。しかし本来「慈悲」は、「生きとし生けるものに対するいつくしみ、あわれみの情」のことで、「慈」と「悲」の二つの熟語となってできた言葉です。「慈」は「真実の友情」「純粋な親愛の念」のことで、「悲」は「あわれみ」「同情」を意味しています。また、「慈」は楽を与えることで、「悲」は苦を取り去ることだという説もあります。

 安楽を与えることは苦悩を取り除くことにつながり、「慈」と「悲」とは、心情的に同じものに根ざしていることから「慈悲」という言葉が生まれました。さて、「慈悲」について仏教経典には、『あたかも母が己が独り子をば、命を賭しても護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。また全世界に対しても無量の慈しみのこころを起こすべし』とあります。お母さんが自分の生命をかけて自分の子どもを愛する気持ち。見返りを少しも期待しない純粋な愛情。これが慈悲の心であると説かれています。「喜びは分ければ分けるほど大きくなり、悲しみは分ければ分けるほど小さくなる」といいます。

 人が喜んでいるときはともに喜び、悲しんでいるときはともに悲しむ、これがそのまま慈悲の心といえるでしょう。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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