S 成城山耕雲寺 仏教から生まれた日常の言葉 所詮(しょせん)

仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

第68話 所詮(しょせん)

 「所詮かなわぬ恋ならば…」「所詮男の行く道は…」などと歌謡曲に使われそうな「所詮」と言う言葉は、「能詮(のうせん)」と対になっている仏教語です。能詮は、もとはインド・サンスクリット語から 漢字に訳されたもので、「いいあらわすもの」「ことば」を意味します。
 仏教ではとくに経典のこと。能詮の受け身の形として、漢字に訳されたものが所詮で「いいあらわされるもの」「意味」のことです。
 仏教では、「経典の説く内容」「教え」を意味しています。この言葉が日本に伝えられて、所詮は「あれこれ考えてみても、結局は」「要するに」ぐらいの意味になりました。
 また、「詮ずるところ」と読まれることもありますが、この使われ方では「考える」という意味をもつようになったものです。
人生には、さまざまな状況、条件を考えた末、やはりうまくいかないということも多いのですがこのようなときに使われるのが、「所詮」の一般的な使われ方でしょう。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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