仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

第71話 真剣(しんけん)

 昔、ラジオには真空管というものが使われていました。また、電気で動く掃除機、つまりクリーナーのことを真空掃除機といっていたことがありました。これは、英語のバキュームの訳語が真空となっているためです。

この「真空」という言葉は仏教用語が起源ですが、その意味を正確に伝えることは大変難しい。人間の自己の中には実体としての自我というものはありません。また、存在するものはすべて因縁によって生じたのだから、実態としての自我はないという説があります。この考えを「空」といいます。つまり、ものごとの真相は、ああだこうだと決めつけられない。決めつけられるようなものを本性としてもっていないということです。このことを さとる ことができれば、ものごとに執著(しゅうじゃく)(執着)することがなくなるのです。しかし、空をさとったからといって、空だ空だとさわいでいるようでは、空に執著していることになるので、その執著をも捨てなければならない。このように徹底的につきつめていくと、ついに、なにごとにも執著しなくなった状態が真の空、つまり真空というわけです。

ここまでくると、結局ものごとはあるがまま、そのとおりというふうに見えてくるのです。しかし、人間には多くのしがらみや、欲望、悩みといったものがあって、一切の執著をすてることは難しいし、それらがあるから人生はおもしろいという人もいることでしょう。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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