仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

第82話 だらしない

 節度やしまりのないことを「だらしない」といいます。お母さん方も「この子はだらしない子だね」とか「こんなに散らかして、だらしがないよ」などと日常使っているこの言葉のルーツとしては次の二つが上げられます。

① 駄臘次(だろうじ)」を語源とする説
 「駄」は、駄作とか駄菓子の言葉のように上等でない安物という意味があります。「臘次」は、僧侶の修行年限や戒法を受けた年代順(年齢には関係がない)によって決められる席次のことです。そこでこの席次が乱れると年功序列や統制が無秩序になります。そうした状態のことを「駄」で表して「駄臘次がない」というようになり、後になって「だらしがない」と使われるようになったということです。

② 「修多羅(しゅたら)」を語源とする説
 「修多羅」はサンスクリット語(インドの古代語)の「スートラ」の音訳で、経本または経本をとじるひものことをいいます。
 そのひもが切れて経本がバラバラになった状態を「不修多羅」といい、それが「ふしだら」つまり「しだら」がないこと、それがいつの頃からか「しだらない」を逆に言って「だらしない」となったともいわれております。

 昭和三十六年頃に、植木等という人が歌った『スーダラ節』という歌が大流行したことがありましたが、この語源も「修多羅」だということです。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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