仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

第85話 畜生(ちくしょう)

 「こんちくしょう」というように、他人をののしる言葉として使われたり、自分が失敗した時などに言ったりしますが、一般的には動物のことを「畜生」といいます。だから、「こんちくしょう」などというときには、人間とは思えぬ、あるいは動物のようなという意味で、悔しい思いをした時に使われます。

 「畜生」は仏教の言葉で、ひとつの世界をさします。私たちは生前の行為の内容によって、死後、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六つの世界に生まれ変わると説かれています。しかし、地獄、餓鬼、畜生、修羅という世界は、死後のこととは限りません。傷つけあう争いの世界を「修羅」といい、責めさいなまれている状況のことは「地獄」であり、不平不満でギスギスした心、むさぼる心は「餓鬼」であり、受けた恩の分らぬ人、本能の赴くままに生きる人を「畜生」というのです。『犬でも三日飼えば、その恩を忘れない』といいます。忠犬ハチ公の物語や盲導犬サーブのように犬が飼い主を助けた話、火事を知らせた猫など動物による恩返しの実話は数多くあります。

このように感心な動物もいるかと思えば、人間でありながら動物よりも劣った人々が世の中にはいるというのも、残念ながら事実です。私たちは数多くのご恩を受けながら生活しています。恩知らずの畜生などといわれないよう心がけたいものです。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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