仏教から生まれた日常の言葉

成城山耕雲寺

第96話 兎角(とかく)

 「とかく」を「兎角」と書くのはあて字です。「兎角に人の世は住みにくい」と夏目漱石も言っていますが、あれこれとか、ともすれば、とにかくといったように使われる兎角。ありえないもの、あるいはありえないのにあると見てしまうもののたとえに使われます。うさぎにつのなどありはしないのですが、あの長い耳がそう見えるというわけです。これと同じような意味をもつものに「亀毛」(年をとった海亀には、海藻がいっぱいついていて、一見ふさふさした毛のように見える)とか、「空華」(空中に花が咲いているわけがないのに、そのように見える。あるいは真っ青な空をじっと見つめていると、なにやら模様のようなものが見えてくる)などがあります。いずれにせよ、そのように見えたものは幻想にすぎないのです。この世に「兎角」のようなものはいっぱいあるわけで、「なにやかやといろいろあるけれども」とか「なんのかんのあっても、どっちみち」といったようなニュアンスが「兎角」ということばにくっついて「とかく」ということばのあて字に用いられるようになったものです。 と、とかくこじつけがましい説明になりました。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より


 
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