第90話 嫉妬深い弁天さま
近江の竹生島、安芸の宮島、大和の天川、陸前の金華山、相模の江の島の弁天さまを日本五弁天といい全国的に知られている。この天女は弁財天とも弁才天とも呼び、みな水辺にある。昔、サラスバティ河を神格化したインドの神が仏教にとり入れられ、音楽、弁才、財福、智慧の徳がある天女として、吉祥天とともに『金光明最勝王経』の中の大弁才天女品にくわしく述べられている。
現存するものは大抵容色うるわしい天女像で(例外としては浅草寺内の銭亀弁天のように白髪の老女像もあるが)琵琶を手に持ち、のちに七福神の紅一点につけ加えられ、口の悪い川柳子からは「弁天をのけるとあとは片輪なり」などといわれる。琵琶湖という名も、その竹生島に弁天さまがまつられてあるところからつけられた。
古くは奈良東大寺法華堂の塑像や浄瑠璃寺の厨子絵(現在東京芸大所蔵)などの弁天像は「八臂」という八つの武器を持つ強い天女である。しかし「大日経疏」が書かれてからは次第に琵琶を持つやさしいものにかわり、十三世紀頃つくられた鎌倉鶴岡八幡宮や江の島にある弁天さまは全裸である。
この美しい弁天さまはいろいろな功徳を授ける天女として鎌倉時代頃から盛んに信仰されたが、その反面嫉妬深いともいわれ、東京上野の不忍池にある弁天さまはアベックや夫婦づれで参詣すると罰があたるという。これを知ってか知らずか、夜ともなると多くのアベックがこの近辺にたむろし、むつまじそうに愛を語り合っている。
出典:松涛弘道著「誰もが知りたい 217 項 仏教のわかる本」廣済堂出版
1974 年出版 34 ページ