第95話 「アイウエオの起源」

塔婆の上方に記号のような梵字が書かれてあるのを御存知だろうか。これを悉曇(しったん)といい、梵語の古い語法「シッダーン」の音写で「完成されたもの」と訳し、中国唐時代の智広が南インドの般若菩提から教えられたものである。インドと直接交流のなかったわが国では、この梵字をそのままとり入れて、仏、菩薩、明王、天を象徴し、陀羅尼、真言、呪文、護符、位牌、卒塔婆、墓標などに記している。

この悉曇によくみかけるのがア字とキリークである。アは梵字のアルファベットのはじめで、その終わりのウンとともに密教では重要視され、この二字に全宇宙がふくまれるという。アは万物のはじめとされ、大日如来の理門である胎蔵界の静、色をあらわし、ウンは大日如来の智門である金剛界の動、心をあらわす。ア字は特に重要で、この字を書けばいかなる仏も出現するといい、修行道場でア字を観想することを「ア字観」という。

キリークとは、阿弥陀如来をあらわす「カ・ラ・イ・アク」の四文字のつまったもので、弘法大師の歌に「カ・ラ・イ・アク四字合成の風吹かば、霧雲晴れて弥陀ぞ現わる」とよまれている。カとは貪(むさぼり)、ラは瞋(いかり)、イは痴(おろかさ)を意味し、アクはこれらの三毒を滅することで、この字を書くことによってけがれた心がきよまるという。禅宗でも同様に使用されている。

悉曇には母音十二字、子音三十五字計四十七字で、わが国の五十音図はこれを基礎にしている。

出典:松涛弘道著「誰もが知りたい217項 仏教のわかる本」廣済堂出版
1974年出版 125ページ