第110話 無事(ぶじ)
病気や事故など、何事もなく平穏なことで、「ご無事でなによりです」とか「ご無事でお過ごしですか」などと日常的によく使われる言葉です。また「仕事が無事終わった」とも使われます。この「無事」も仏教の言葉から転用されたもので、一般的には身体が壮健であることを意味するのに使われますが、本来は精神的な面を表す言葉で、心にわずらいやこだわりのないことをいいます。つまり人間が本来もっている素直な心の状態を無事というのです。「無事是貴人(ぶじこれきにん)」といって、毎日の生活が水の流れるように淡々として、憂いもなく、わずらいもなく素直な心で生きられる人こそ貴ぶべき人であるという意味の言葉です。一見平凡に見える日常生活の中に人生の真実の姿があり、淡々としかもさわやかに生きることのできる人を「無事の人」といい、それが人生の最高の境地であると説かれています。
静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より