第109話 不思議(ふしぎ)

「世にも不思議なできごと」とか「実に不思議な現象だ」というように使われる「不思議」という言葉は、一般的には、奇跡的なとか、思いがけないとか、考えられないなどの意味に使われています。

語源は古代インドのサンスクリット語で、中国に伝えられ「不可思議」と訳されました。日本語に直訳すれば「思議するべからず」ですが、人間の思慮分別を超越した、言語をも絶した状況を形容する言葉として使われました。これは、悟りの境地、仏の知慧そのものを表すのに使われるのであって、単に「おもいもかけぬ」「あやしげな」といった単純な意味ではないのです。

たとえば、悲しみや喜びにしても、その心の奥底、真実のところは文字や言葉で表現できるものではありませんし、当の本人でなければ絶対にわからないというところもあります。第三者にとっては推察する程度がせいぜいでしょう。それと同様に、悟りの境地や仏の世界というものは、あれこれと思議することは不可能で、結局は自分自身で身をもって参究し実践する以外に方法はないということです。いずれにせよ、この言葉は本来、悟りの境地や仏の世界のすばらしさを示す言葉であったのです。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より