第80話 「ギャティギャティ ハラギャティ」

加持祈祷する時に唱える言葉を「陀羅尼」(ダラニ)といい、唱えることによって仏の教えを心に保ち、その加護にあずかるというので、いろいろな種類の陀羅尼が唱えられる。
一例をあげれば、『般若心経』の最後の部分に陀羅尼がある。すなわち「ギャティギャティ ハラギャティ ハラソウギャティ ボウジソワカ」(往ける者よ、往ける者よ、悟りの岸に往ける者よ、悟りを成就あれかし)である。密教ではこの陀羅尼を真言ともいい、拝む対称によって違う。

たとえば釈迦如来に対しては「ノーマクサンマンダボタナンバン」(遍在の諸仏、ことに釈尊に帰依す)、金剛界の大日如来に対しては「オンバザラダトバン」(唵、金剛界の諸尊よ、大日尊よ)、胎蔵界の大日如来には「アビラウンケン」(大日尊の法界よ)、観音菩薩には、「オンアロリキャソワカ」(唵、無染者に帰依す)と唱える。こうした陀羅尼や真言を中国では不翻や蜜言といって漢訳しなかった。そこに仏教の真髄が秘められ、言葉という狭い概念の枠に押しこむことができなかったからである。

加持祈祷のための陀羅尼を唱えるというと、何かマジナイをする迷信のように聞こえるが、そうではない。弘法大師空海が『即身成仏義』の中で「加持とは如来の大悲と衆生の信心とを表わす。仏日の影、衆生の心水に現ずるを加といい、行者の心水よく仏日を感ずるを持と名づく」と説いているように、如来の大悲と行者の信心が一致した境地をさしているのである。

出典:松涛弘道著「誰もが知りたい217項 仏教のわかる本」廣済堂出版
1974年出版 123ページ