第113話 不退転(ふたいてん)

よく政治家の先生方が「不退転の決意で、断固実行あるのみです」などと用い、おなじみの言い回しではありますが、現在ではこの言葉を用いる人々の姿勢が、まったく猫の目のように変わるので、この言葉の意味もあいまいになってしまいそうです。この場合の「不退転」とは決して退くことも、屈することもしない、固い決意という意味で使われています。仏教の言葉としての「不退転」とは、仏道修行の過程ですでに得た悟り、功徳、その地位などを決して失うことがない、一度達した境地や位から退かぬことです。つまり、仏教への絶対帰依と、信仰のためにはすべてを投げ出すことも辞さない堅固な精神、そして理想に向かって邁進する不断の努力を意味する言葉なのです。具体的には、仏教における悟りへの階梯を常に上へ上へと昇ろうと努力すること、あるいはその決意を持って精進することを言います。ここで言う悟りとは、信仰心、あるいは生きるうえでの目標や主義主張というふうに解釈したほうがわかりやすいかも知れません。生きるうえでの拠りどころとなる信仰や信念の堅固なことを表現する言葉としては、要点をついた言葉であると言えます。ゆえに、目標や主義主張が簡単に変わってしまうような人物が「不退転の決意」などと言うことは、きわめて好ましくないのです。

静岡県成道寺 伊久美 清智師 著より