第76話 恐れ入谷の鬼子母神

「恐れ入谷の鬼子母神」は東京下谷にあり、朝顔市で有名だが、「恐れ入った」を地名の入谷にかけた洒落言葉である。ではなぜ恐れ入ったのか。

鬼子母神(きしもじん)はインドの女神でハリティといい、五百人(あるいは千人)の子を生んだといわれた。
性質が邪悪で手当り次第に他人の子どもを取って食べるので、釈迦はこれを知って、こらしめるためにその末子をかくしてしまう。すると大いに嘆き悲しみ、愛児の行方を尋ねて釈迦の許にやって来た。そこで五百人のうちの一子すら失って悲しむのに、大切な子を奪われたひとの親の胸中はどうかとさとしたところ、彼女は自分の非行を悔い、それ以後は子を食べる代わりに人間の味のするザクロを食べることを誓い、仏教に帰依してからは子供の安産の守護神になったという。
だからこの像は一子を抱き、手には吉祥果(ザクロ)を持っており、『金光明最勝王経』や『孔雀経』に法華経護持の神として説かれているところから、日蓮宗の寺院に多くまつられている。

ちょうど鬼子母神が釈迦に恐れ入ったように、自分も貴方に恐れ入ったという時に、「恐れ入谷の鬼子母神」と江戸ッ子が使いはじめ、全国にひろまったものである。

出典:松涛弘道著「誰もが知りたい217項 仏教のわかる本」廣済堂出版
1974年出版 35ページ