第83話 甘茶の伝説

仏教の開祖釈迦の誕生を祝って、わが国では毎年四月八日に盛大な法会を行う。これを仏生会(ぶっしょうえ)、降誕会(ごうたんえ)、灌仏会(かんぶつえ)などとも呼び、一般には「花まつり」として知られている。この日には花で飾った御堂をつくり、この中に誕生仏を安置し、釈迦が生まれたとき天は大いに感激して甘露の雨をふらしたとの伝説に基づき、甘茶を像にそそぐ。

中国唐時代の義浄や法顕はインドで花まつりの様子をつぶさにみ、記録にとどめている。わが国では推古天皇十四年(六〇六年)に奈良の元興寺でこの法会を行ったのがはじめである。徳川時代に入ってから全国に普及し、人びとは「めでたきことに寺詣で」といって花まつりを祝った。

釈迦は父浄飯王と母摩耶夫人の子としてルンビニー園(ネパール)に生まれたが、そのとき七歩あゆんで「天上天下唯我独尊」と宣言したという。もちろんこれは後世の仏弟子たちがつくりあげた伝説であろうが、俗界から解脱した釈迦の非凡さをたたえた象徴的表現である。

ツングース族は地上と天界の距離を七段階に分け、天界を最上におく。蒙古人はその移動式住宅(包(パオ))の主柱を七色に塗り分けているというが、これら土着の俗信の影響もあって、釈迦が地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の六界を脱して仏になったことを七の数字であらわしているのであろう。

「唯我独尊」というのは、決して自分だけが偉いということではなく、一人ひとりがみな尊い存在なのだということを説いているのである。

出典:松涛弘道著「誰もが知りたい217項 仏教のわかる本」廣済堂出版
1974年出版 107ページ